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中国の鳥インフルエンザH7N9の初期対応について

鳥インフルエンザH7N9

中国の鳥インフルエンザH7N9の初期対応について

平成25年4月18日 茨城県筑西保健所長  緒方剛
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中国で発生した鳥インフルエンザH7N9については、最初の患者さんの発症から2か月が経ちました。そのうち発症から公表までに40日ほどを要しています。私は日本の保健所に勤務し現場での対応を担当しており、そのような立場から、中国国内の報道などに基づいて、中国の初期の公衆衛生対応についてふりかえってみたいと思います。

上海に住む87歳の男性、李さんは本年2月18日に発熱と咳を発症して、翌日上海市第五人民医院という病院を受診しました。李さんにはもともと慢性閉塞性肺疾患と高血圧がありましたが、発症前2週間生きた鳥に接触したことはありませんでした。また李さんの二人の息子も同様の症状で同病院を受診しました。病院はA型インフルエンザを疑いましたが、検査では陰性でした。李さんらから採取した検体は上海市CDCに送られましたが、インフルエンザH1N1、鳥インフルエンザH5N1などはいずれも陰性でした。

2月25日に李さんは呼吸困難、高熱となり、同病院に入院し、抗インフルエンザ薬を投与されました。翌26日に上海市CDCの盧副所長は主治医と一緒に患者を診察した結果、新型のA型インフルエンザを疑いました。李さん親子から取った検体はP3クラスと呼ばれる管理の厳しい検査室に送られました。

3月1日に出た検査結果で、李さんからは初めて新型のH7N9型インフルエンザウイルスが検出されました。李さんは重症の呼吸不全、脳症などを合併し、3月4日に亡くなりました。なお、李さんの下の息子(55歳)は2月28日に亡くなる一方、上の息子(69歳)は助かりましたが、2人とも検査結果は陰性でした。規則の上では、李さんの検査結果はこの後もう一か所の検査所で確かめた後に、確認のため国家の中国CDCに送られることになっていました。

李さんの亡くなった3月4日に、27歳男性の呉さんが同病院に入院してきました。呉さんは江蘇省から来た無口な青年で、妻の両親が上海の市場で経営する店で豚肉を取り扱っていました。市場では生きた禽類も取引されていましたが、呉さんは取り扱っていませんでした。呉さんは2月27日に発熱、かぜ症状で診療所を受診していましたが、良くならないため、3月3日に同病院を受診して肺炎と診断されたのです。呉さんも入院後に呼吸不全などを合併して急速に悪化し、3月10日に亡くなりました。呉さんの奥さんと家族は病院の対応に不満を持ち、補償を要求し、3月27日には13万元ものお金が支払われました。

さて、鳥インフルエンザ陽性となった李さんの検体は、規則に従ってもう一つの検査室に送られ、そちらでも3月10日ごろH7N9が確認されました。しかし、その後の約12日間、李さんの検体は中国CDCには送られませんでした。その理由は不明ですが、3月9日に上海の黄浦江に900匹の死んだブタが流れ着き、その後それは10日間で1万5千匹に増え、そちらの対策の方を優先させたのではないかと言われています。他の対策に追われたにせよ、検査の遅れが対策や情報開示の遅れにつながりました。

ここで、中国のCDC(疾病予防管理センター)について少しご説明します。中国は前世紀にはソ連の公衆衛生システムをモデルとし、地域には防疫站と呼ばれる保健機関が置かれていました。今世紀になって、米国CDCのシステムをモデルとして公衆衛生機構が改革・強化され、中央政府および地方政府の衛生当局のもとにCDCが置かれました。地方政府のCDCは、日本の保健所と衛生研究所を合わせたものに相当します。

北京市では平成15年にサースが流行し、その対策や情報公開の遅れが問題となりました。その窮地に急きょ北京市衛生局副局長に抜擢されたのが、公衆衛生・疫学で医学博士を取得した梁万年氏です。梁氏は迅速対応と情報公開を進め、サースを収束させました。私は翌平成16年3月に、梁氏の許可のもと北京市CDCの担当者を茨城県つくば保健所に招待して、サース対策について講演をしていただきました。中国の担当者の、「情報の報告や公開が十分でなかったことは反省する必要がある」との言葉が印象的でした。また私は、サースの対策を調べるため、北京市以外にも台湾、香港、ベトナムの公衆衛生当局をも訪れましたが、いずれも早期の対応と情報公開の重要性に言及していました。サースの洗礼を受けなかった上海CDCは、初期対応についての意識が十分でなかったのかもしれません。

さて、李さんと呉さんの検体は、ブタの死骸問題が一段落した3月22日に、ようやく中国CDCに送られ、3月29日午後に中国CDCはH7N9ウイルスを分離しました。一方中国では3月中旬に全人代などが開催され機構改革が行われ、衛生部が改組されて新たに国家衛生・計画生育委員会が発足しました。同委員会でH7N9対策の責任者となったのが、前述の梁万年氏です。梁氏はサース以後も北京の現場で経験を積み、平成21年の新型インフルエンザの際には中国政府衛生部の健康危機管理部長に着任し、パンデミック対策を指揮していました。

同委員会は3月30日に、李さんらについて、ウイルス検査結果に加えて疫学調査、臨床症状などを総合的に検討し、鳥インフルエンザH7N9による感染症と判断し、翌31日に公表しました。その後は同委員会の指揮下で、各地域のCDCのサーベイランス・システムによって、患者がつぎつぎと発見されていきました。4月8日に梁氏はWHOとともに共同記者会見を開き、中国が国際社会と協調している姿を印象づけました。さらに、ウイルス株が中国から米国、英国、日本、オーストラリアに送られました。

4月11日、亡くなった李さんと呉さんの医学的データは、中国CDCによって、世界で最も権威のある英文医学雑誌の一つ「ニューイングランド医学雑誌」に、他の一人の患者とともに報告されました。その前日にはもう一人の患者の報告が「新興微生物・感染症誌」に掲載されました。H7N9発生の公表からそこまでに2週間も経っていません。4月13日には北京市衛生局・CDCが北京で初めての患者を公表しましたが、わずか1日半で確定したことを強調していました。中国の初動の遅れに対する国際社会の批判は聞かれなくなりました。

現在、中国の国家衛生・計画生育委員会や各地の衛生当局・CDCは、疫学的情況や対策について頻繁にメッセージを発しています。一方中国以外にも、WHOはもとより、地球上の各地で対策についてさまざまな発信がなされています。例えば米国CDCでは12日に、患者に対応する際の管理指針を公表しました。ヨーロッパCDCでは症例についての随時の疫学的分析をもとに、対策の考え方を公表しています。香港当局も同様です。一方日本では、ウイルス学的分析こそ国立感染症研究所および東大医科学研究所のグループが注目すべき報告をしていますが、対策や情報発信の元締めとなる内閣官房においては、対策の根拠となる疫学的分析や評価に関しての発信の状況は、さていかがでしょうか。

4月17日に中国国家衛生・計画生育委員会は、上海第五人民医院に3月に入院していた患者の検体のうち4名がH7N9陽性であったことを公表しました。そのうち一人は李さんの助かった上の息子でした。呉さんの家族は店をたたんで故郷に帰り、呉さんのなきがらも故郷に埋められました。一方、中国は4月15日に、WHOおよび米国、欧州、オーストラリアと共同で、鳥インフルエンザH7N9対策を検討する組織を立ち上げると公表しました。重大な感染症に国境はなく、犠牲になるのは普通の市民です。鳥インフルエンザH7N9にひとひと感染が起こるのか、今後どのように展開していくのか、現時点では誰にもわかりませんが、日本を含めて世界の各国の関係者が中国と協力して取り組み、解決していくことが望まれます。

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