ようこそ、保健所情報支援システムへ。~平成28年度地域保健推進事業(全国保健所長会協力事業)~

院内感染に関する保健所と専門家の連携

4 事例調査・地域内連携研究分担班

院内感染に関する保健所の対応および専門家との連携システムについて(中間報告)

平成22年12月16日

1 院内感染事例において提起された問題点
ある大学付属病院が本年9月に多剤耐性アシネトバクター・バウマニの院内感染が起こったとして記者会見を開きました。メディアは院内感染と死亡との因果関係を否定できないなどと大きく報道しました。また、警察による任意聴取も行われ、医療関係者の一部からはこれに対する疑問も提起されました。
特に、病院から保健所への報告が院内感染把握後に時間が経過してから行われた点については、当該病院自ら「もっと速く報告すべきであった」と述べています。また、「院内感染を疑う事例を把握した場合には、速やかに」報告するよう国が都道府県に通知で求めていたことから、メディアも病院の報告が遅れたのは問題であると報道をしました。その後国は、「医療施設に対して院内感染を疑う事例を把握した場合には速やかに報告するよう指導する」ように都道府県に求める通知を出すとともに、多剤耐性アシネトバクター・バウマニを感染症法上で定点報告の必要な5類疾患として位置づけることを現在検討しています。
一方このような病院から保健所への報告や保健所の対応については、医療側からこれまで次のような指摘がなされています。
・病院は必要に応じて、行政や他施設の支援を仰ぐべきである。
・保健所は院内感染対策の知識・経験が不足しており、現状では報告しても有益な情報提供がない。
・病院が保健所に報告した場合における、行政から病院への支援体制作りが必要である。
・保健所が本当に医療機関の感染管理に介入するなら、職員の実地的な研修が必要である。
・保健所に報告するための基準・定義が必要である。
・保健所または自治体は、医療機関職員への研修を支援してほしい。
そこで、保健所等の自治体による多剤耐性菌などの院内感染への対応のあり方について、検討します。

2 保健所の院内感染への対応に関する現状
(1)制度の現状
医療法医療法第25条第1項では保健所や自治体が医療機関に立入検査を行うことを定めています。また、立入検査に関する国の通知においては、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)及びVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)をはじめとした各種の病原体に起因する院内感染防止対策の徹底を図る必要があることから、対策のための体制の確保や標準的予防策の徹底を指導することとされています。
このうち院内感染対策のための体制の確保については、保健所等は医療法第6条の10および同施行規則に基づいて、院内感染対策のための指針の策定の状況、院内感染対策委員会の設置・開催状況を確認するとともに、従業者に対する研修、当該病院等における感染症の発生状況の報告その他の院内感染対策の推進を目的とした改善のための方策、院内感染対策マニュアルの作成・見直し等が適切に行われていることを確認し、必要に応じて指導を行うこととしています。
また標準的予防策の徹底については、個人用防護具(手袋、マスク等)の適正使用、処置前の手指消毒の励行等の院内感染の標準的予防策が、職員に対し徹底されていることを確認し、必要に応じて指導を行っています。さらに立入検査では通知「医療施設における院内感染の防止について」を参考とすることとされており、保健所等は病棟において感染経路別予防策、環境整備、消毒・滅菌、廃棄物処理などに関する指導も行うこととしています。
次に、感染症に関する法律では、定められた感染症について、医師の届出または指定された医療機関による発生の状況・動向の届出が規定されています。具体的には事業実施要綱において、バンコマイシン耐性腸球菌、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌については全例を、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症については指定届出機関が届け出ることとされています。また、感染症の発生の状況、動向及び原因を明らかにするため必要があると認めるときは、保健所等の自治体職員は調査を行うことが定められています。

(2)実際の対応の現状
通常の病院の立入検査については、国の通知によれば、「医療法に基づく全ての病院を対象とし、原則年1回実施する」こととされており、多くの都道府県などで保健所または本庁が実施しています。
また院内感染発生を疑う事例がある場合には、国の通知によれば、医療施設は「保健所等の行政機関に適時相談し、技術的支援を得るよう努めること」とされています。保健所はこのような場合、以下のような事項について対応を行っています。
a 院内感染防止対策に関する体制の確認
b 集団発生に関する疫学的要因の解明
c 院内感染防止のための環境管理や消毒・滅菌、抗生物質の適性使用などの実務的事項の指導
一部の都道府県ではこのような場合本庁や衛生研究所から保健所に対して支援が行われています。
なお、感染症法における報告対象感染症については、感染症法による調査が医療機関において行われる場合もあります。

3 保健所の院内感染への対応に関する課題
(1)平常時における対応の課題
各保健所等は地域で相当数の病院に実際に立ち入り検査を実施しています。これらを通じて、地域における医療機関の院内感染管理のレベルは管理体制についても実地の予防策についてもさまざまであり、特に中小病院の一部では必ずしも十分ではないことを経験しています。また、院内感染対策には経費負担を要することから、医療施設の開設管理者と感染管理担当者との間で衛生資材の交換などについての考え方が異なる場合もあります。
一方、的確な立入調査と助言を行うためには、職員の一層の資質の向上が望まれます。

(2)院内感染発生時の対応の課題
院内感染は医療機関が十分な対策を行っても必ずしもその発生をゼロにできる訳ではないことを、考慮することが必要です。医療施設からみると、どのような場合に保健所に報告、連絡すべきかが十分明らかではありません。
次に、保健所で通常扱う医療施設関連感染は、ノロウイルス、結核、レジオネラ、食中毒、インフルエンザなどであり、多剤耐性緑膿菌、多剤耐性アシネトバクター・バウマニなど多剤耐性菌の院内感染に関する経験はまれです。したがって、このような事例への保健所の対応能力を評価すると、前記事項のうち「a 院内感染防止対策に関する体制の確保」については、通常の立入検査や健康危機管理とも共通する部分があり、対応可能と考えますが、「b 集団発生に関する疫学的要因の解明」および「c 院内感染防止のための実務的事項の指導」については、事例または職員の知識・技術によっては必ずしも十分ではないと考えます。
例えば、菌種や発生と管理の状況を考慮した上で、優先的に行うべき具体的対応策を選択することは、必ずしも容易ではありません。また、全ての保健所が本庁や衛生研究所から十分な支援を受けている訳では、必ずしもありません。

4 今後の保健所の院内感染への対応について
(1) 平常時の対応について
地域の全ての医療機関の院内感染管理が十分であるとは必ずしもいえないことから、保健所が医療法に基づく医療機関への平常時の立入調査において感染管理体制を確認しておくことは、院内感染発生の未然防止のために有益であると考えます。これには、医療機関内部で感染症の発生状況や対応などについての情報が共有されているかなどが含まれます。
保健所が平素より医療機関との間で良好な顔の見える関係をつくっておく努力は、事態が深刻になる前に早めに保健所が医療機関から連絡を受けるためにも役に立つと考えられます。このため、保健所が管内の病院の開設管理者や事務担当者に院内感染対策の必要性などについて説明することも重要です。また、可能であれば保健所が地域の医療機関の研修体制を支援することも有意義と考えます。
 他方、保健所等の自治体が患者・家族や地域住民、報道関係者に対して感染症や院内感染について情報提供を行い、理解を深めていただくことも有意義です。

(2)院内感染発生時の対応について
医療機関において院内感染が集団発生し、保健所に対してその旨の連絡があった場合、保健所等がその相談を受けるとともに、医療機関に対する聞き取りや現場の調査を通じて問題点の整理や助言、改善支援が適切に行うことが、医療機関のみならず住民の行政に対する期待に応える観点から意義があると考えます。ただし、当該の調査を医療法上の立ち入り調査として行うかどうかについては、手続き順守や死亡・重症者数など発生結果の重大性なども考慮して判断する必要があると考えます。
保健所が医療機関に対して的確に調査や助言を行うためには、事例によっては感染制御、感染症学、感染症疫学などに関する専門医から支援をいただくことが有益であると考えます。支援をいただく際には、専門的事項について相談にのっていただくとともに、特に必要があると考える場合は現場の調査に同行、助言をいただくことも考えられます。
また、事案に関する対策会議への専門医の参加が望まれる場合もあります。行政は専門医の医学的判断は尊重しながらも、行政上の問題については自ら責任をもって判断し、対応する必要があります。

5 保健所の対応の向上のための基盤整備
(1)保健所職員の資質の向上等
保健所や自治体本庁が院内感染に対してより適切に対応するためには、これらの職員が感染症学、感染管理、疫学などについて、研修などを通じて一層資質向上に努める必要があります。また、国や都道府県においてもこれらの研修の機会を増強し、またはオンデマンド・ビデオを提供するとともに、対応マニュアルを整備する必要があると考えます。地域保健体制が見直されるなかで、保健所がテレビや電話を用いた会議を利用できる環境が整えられることも有意義です。

(2)保健所と専門家との連携・支援システム
 院内感染対策および市中感染対策をも含めた感染症対策に対して保健所が的確に対応するためには、保健所が必要に応じて地域において感染症指定医療機関、感染症審査協議会、本庁、衛生研究所などと連携することが有意義です。また、その他の専門家から支援をいただくことがさらに必要な場合もあり、そのような人材を得るリソースとしては、感染制御や感染症学に関する医学会、国立感染症研究所感染症情報センター、感染制御に関する大学の協議会などが考えられます。
本研究班においては、保健所と専門家の間での連携・支援システム推進のため、双方の間で次のような点について、検討や地域におけるモデル的試行をしていきたいと考えます。
・保健所は自らの対応において、専門家の支援が望ましい事例があることを理解すること
・地域において保健所の対応にご協力いただく専門医がリストアップできない場合には、ブロック内での専門医の推薦・確保にご協力をいただくこと
・専門医のみならず、疫学者、認定看護師、臨床検査技師、薬剤師などの職種の参加が望ましい事例もあること
・各ブロックや地域における保健所と専門家の支援・連携体制推進にご協力いただくこと
・医療機関の現場の調査に同行、助言をいただく場合には、相手医療機関の同意が必要であること
・調査を通じて得られた医療機関の情報の管理について注意が必要であること
・保健所等の院内感染への対応について注意すべき問題点があった場合に、ご指導をいただくこと
・事例を通じて得られた有用な経験について情報を共有すること
・研修、マニュアルやビデオの作成など、保健所職員の資質向上にご協力いただくこと
・サーベイランス結果の有用な活用策について、アドバイスをいただくこと

6 その他の対応
保健所の対応は院内感染防止対策の一部にすぎません。院内感染防止対策は一次的には医療機関がその責任を担っています。また、個別の医療機関が感染管理上の問題点について、専門家に直接相談を求めるケースも考えられます。さらに、地域において院内感染制御のネットワークが形成され、院内感染の発生状況や対策に関する情報が共有されることも有益です。その場合には、保健所もこれに関与することが考えられます。
さらに国などにおいても、集団感染発生時のサーベイランスシステムの確立と施策への還元、感染管理チームを担う人材育成とその業務の支援、抗生物質の適正な使用と開発、経費負担支援などが併せて推進される必要があります。

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